俺は障がい者だ。筋ジストロフィーだが100kg減量してパラリンピックの優勝を目指している。俺は人生を取り戻したんだ。

俺には障害があった。だけど、100kg減量して、いまはパラリンピックのタイトルを目指してる。俺のこの姿が今まさに苦しんでいる人に希望を与えることを祈っている。
詳細はこちらから。


、医者に言われたんだ。
お前は、普通の人生は送ることができないって。
「君はね、杖なしじゃ歩けなくなるんだ。補助歩行器か、車いすが必要になるかもしれない。」
2年前の話だ。そのときの紙がこすれる音や、部屋に流れる静かなうなりを思い出すことができる。
それを聞いた俺は、その真っ白くて何もない部屋の天井を、ただ、眺めていた。
悪いニュースのあとの居心地のわるい沈黙。これから訪れる現実を受け入れられるのを待った。こういうときは、次に何をすべきかなんて思い浮かばないものなんだな。
実を受け入れるのには長くかかったよ。いまだに現実と折り合いをつけられないときがある。でも、出来事の「重さ」に押しつぶされる奴と、その「重さ」を持ち上げられるだけの強さを育てられる奴の間には違いがある。それは、これから先にあるつらい道を歩き続けるという決意だ。
俺の友達はこう言った。お前はこれから「普通の人にはあたりまえのこと」の価値を学ぶだろう。そういう点ではお前はラッキーなんだと。
俺の体は、どんどん退化していく。ゆっくりと筋肉が分解されていくんだ。生きるための機能が奪われてしまうんだ。こんな俺をラッキーだって?
でも今はあいつが言った意味が分かる。筋ジストロフィーは俺の体を毎日むしばんでいく。普通のことができなくなっていくんだ。もうすぐすべての日常的なことができなくなるだろう。
でも、「避けられない運命がこの先にまっていると分かっている」ってことは、同時にその「なくしてしまう能力がどれだけすばらしいかを気づかせてくれる」ってことなんだ。
今まだできてることは、それだけでとても素敵なことなんだ。すばらしい贈り物なんだよ。毎日僕はこの贈り物を受け取ってるんだ。そのことに感謝できるんだ。
日俺は、まだ歩くことができる。
まだ自分でご飯が食べられる。
栄養のあるヘルシーな食事をとって、体を作ることができるんだ。
今日は運動できるだけの能力がまだ保ててる。ラッキーなんだ。
今日はまだ、最高の自分を保っていられている。
今日はロッククライミングをやったよ。
昨日は仲の良い人たちと一緒にすごせた。
そして今日この投稿を書いている。
俺のことをみんなとシェアしたくってね。
最高の自分を保っていられるよう、できることをやるつもりさ。
この道は終わらない、目的地もない、満足できるポイントもない。
道こそがゴールなんだ。
すべてはすばらしく、そして、今日という日をすごせるこの瞬間に奇跡を感じる。
俺は、筋ジストロフィーをプレゼントされたんだ。
これは俺が選んだことでは無いけれど、俺の生き方は自分で選ぶことができるだろ。
俺がやりとげなければならないことは、俺が決める。
筋ジストロフィーは俺からたくさんの物を奪っていった。
だが、「今」は盗めないんだ。
「今日」は俺の物だ。

https://www.reddit.com/r/loseit/comments/2hslmd/i_have_a_disability_i_still_lost_220lbs_i_still/

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コメント

  1. やさしい名無しさん より:

    格好良いな。

  2. やさしい名無しさん より:

    体も、生き方もかっこいいね!