人気の仏教僧プラユキさん 瞑想でシアワセになろう!

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スレッド情報

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  • スレッドが建てられた日付: 2011-03-05 17:28:56

1: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/05(土) 17:28:56.72

20年以上タイの森林系の上座部仏教寺院で出家生活をしている日本人上座部仏教僧が居る。
その名は、スカトー寺の日本人僧侶プラ・ユキ・ナラテボー

彼は227の戒律を保ち、食事は毎朝の托鉢で得る。
そして修行のかたわら悩み苦しむ者を救う。
日本からも数多くの人が彼を訪ねているという。

日本人僧侶プラ・ユキ・ナラテボー

2: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/05(土) 17:30:31.40
プラユキ・ナラテボー師の説法の様子
http://www.youtube.com/watch?v=NBjSBErIraA

3: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/05(土) 17:51:46.89
本名、坂本秀幸。1962年、埼玉県生まれ、現在46歳。タイ・スカトー寺副住職。異国の地・タイの山寺で出家して仏道修行に励むこと21年。
黄色の僧衣まとい、ブッダの道を歩む。ブッダの道は経典の中だけではなく、日々の瞑想に真髄がある。
その瞑想を学ぼうと、日本からわざわざタイの山奥の寺を訪れる日本人は数知れない。

タイは上座仏教という出家仏教。出家した僧侶が悟りの境地に達する手法として、瞑想が用いられる。
そういう意味でプラユキ氏は、瞑想歴21年、自分の心と付き合う達人といえる。
「今、ここに、確かにいる」ということを大事にする「気づきの瞑想」は、あらゆる種類の瞑想の土台となり、
日常生活にも取り入れやすい瞑想法である。

タイに行くまでの経緯は、上智大学卒業後、タイのチュラロンコン大学 大学院に留学したことから。
それまでも発展途上国をよくしようとボランティアやNGO活動に励んでいて、タイの僧侶が農村開発を行っている姿に衝撃を受ける。
机上の学問に飽き足らず、1年後の1988年、瞑想指導者として有名なカムキエン僧のもとにて出家。
以後、自ら村人と ともに物心両面の幸せを目指し、東北タイのチャイヤプーム県スカトー寺の僧侶として活躍することになる。

タイ大使館主催のソンクラーン祭り(タイの正月を祝う祭)に招聘されたり、在日タイ人の支援活動にも携わる。
著書に『気づきの瞑想を生きる』、監訳本に『「気づきの瞑想」で得た苦しまない生き方』(ともに佼成出版社)がある。

プラユキ・ナラテボーという名は、「プラ」はタイ語で僧、「ユキ」は日本名の秀幸より、「ナラ」はパーリ語で男の人、「テボー」は天使・神といった意味を表す。

4: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/05(土) 17:55:25.09
プラユキさんの言葉を一部紹介

●「安定した気持ちで全体のプロセスを体感的に受容し、理解を深めていく」ということの重要性。
これはそっくりそのまま瞑想行の核心でもあり、
また、心を癒し、成長させていくために必要とされる重要な要素です。

●私たちが「過去」や「未来」と称している時間というものは実はすべて今ここの思考作業によって瞬時瞬時に形成される心理的創造物ということなのですね。
それは決して自分から離れたどこか別な所にあるわけではないのです。
過去の後悔や恨みつらみも、また、未来の心配や不安も、
すべて今ここでの心の中のおしゃべりによる創造物です。
ですからそれに気づいて今ここでそのおしゃべりを止めれば、その瞬間に後悔や不安も消失します。
誰でもが今この瞬間に、どこにも行かずに過去や未来の苦しみを軽減させたり、滅したりできるわけです。

●「これからの時代は智慧と慈悲が調和し連動した平和運動、
すなわち「気づきや智慧を通して自身の内面の物語やイメージを理解し、
自己との平和的な関係をしっかりと築き、その上で一個人の心の平和に完結してしまうことなく、
豊かな対話を通して人々へ愛や慈悲を蒔き広めていく」。
きっとそんなスタイルの平和づくりが求められてくるのではないかと思います。

●「智慧」とは、「あらゆるものを“よき縁となす”こと」。
もうひとつの核である「慈悲」についても「縁」という言葉を用いれば、
「あらゆるものの“よき縁となる”こと」と言い表せるのではないかと思います。

・・・・・・以上は2005年の講演録より抜粋

5: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/05(土) 17:57:46.08
毎日新聞(2009年10月09日)の記事より抜粋
「プラユキ・ナラテボーさん タイで出家した日本人僧」

タイ・バンコクの北東350キロ、深い森の中にあるスカトー寺 で修行して21年。
悩みを抱えた日本人の来訪が相次いでいる。
相談体験を織り込んだ自叙伝 「『気づきの瞑想(めいそう)』を生きる」(佼成出版社)を8月に出版した。

学生時代、障害者や難民の支援活動に参加するが、
人間関係に行き詰まる。
そんな時、仏教の教えを基に社会問題に積極的に取り組むタイの僧と出会った。
タイに留学し、「3カ月のつもり」で出家した。現在、寺の副住職。

毎日、午前4時から読経し、その後、地元の村で托鉢(たくはつ)。
道端で手を合わせて待つ子どもやお年寄り。湯気の立ち上るご飯が次々と布施される。
村中を走り回る犬や鶏。命が満ちあふれる。

この10年、約300人の日本人が相談に訪れた。
何度も自殺を図った人もいる。寺に泊めて、何日も話を聞く。
托鉢に連れて行き、笑顔いっぱいの村人と接してもらう。

「今、日本では人と人のつながりが失われ、孤独になりがち。
1人でこもれば妄想が膨らむ。思考が暴走しやすくなっている」と分析する。

「仏陀(ぶっだ)は自らの体験で実証された。
苦しみはどこからくるのか洞察し、しっかりと対応していけば、苦しみはなくなることを。
仏陀の教えの核心はここにあり、私たちへの生きたメッセージ」と語る。

悩みや苦しみを抱えた時、
自分を守るには「今、この瞬間を生きていることに気づくこと」が何よりも大切という。

6: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/05(土) 17:59:51.39
プラユキさんからのメッセージ

年間に3万人台の自殺者が出るという現代日本。
一日に換算したら100人。未遂者はその十倍と言われる。
今日一日だけでも約1000人が日本のあちこちで自殺を試みたことになる。

つい最近も私の寺に、(投身)自殺未遂一歩手前までいったという20代の女性がやってきた。
不遇な家庭環境。十年間にわたる心を病んだ生活。そして自死寸前までのストーリーを聞くと、
やはりこれまでに出会った自殺未遂者たちと似たパターンが浮きあがった。いい「出会い」ができていないのだ。「出会い」を仏教語では「縁」という。

「良き縁に触れ、良き縁となし、良き縁となる」

ブッダの8万4千本といわれるメッセージをざっくりとまとめると、
そんな言葉に集約されるのではないかと最近思っている。
他の仏教用語を用いれば、「善友、智慧、慈悲」。
料理になぞらえれば、「買い物、料理づくり、提供」。
美味しくて栄養のある料理は、私たちの生命力をイキイキと活性化する。
同様に良き縁は、人に喜びと智恵をもたらし、共に幸せに生きる道をひらく。

7: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/05(土) 18:02:12.32

上述の20代女性は自殺決行寸前に良き縁に触れた。
自死を思いとどまり、私の寺に来ることになった。
そして一週間、良き縁となす技を磨き、良き縁となる自信を得た。
来たときとは見違えるほどの明るい表情で人生を再スタートした。

仏教でいう「縁」は、人との出会いだけにはとどまらない。
環境と接触する際に生ずるあらゆる感覚体験、内面に生ずるさまざまな心の体験。
それらすべてを「縁=出会い」とみなす。
「瞑想」とは、そういったひとつひとつの「縁=出会い」を大切にし、
苦しみの種にするのではなく、喜びと智慧に昇華させる、そんな心の育成法でもある。
たとえどんな縁に触れようと、心「くさらせる(腐らせる)」ことなく、心「くさる(苦去る)」ことができるようになるのだ。

とりわけ「気づきの瞑想」は、コツさえちょっとつかめば、私たちの日常生活のひとコマひとコマにおいて実践できる。
お料理も、お掃除も、会社での仕事も、子育ても、友人たちとのたわいない会話も、そっくりそのまま瞑想になる。
それによって、悩み苦しみ、不必要なトラブルは減る。
人間関係も良くなり、仕事のパフォーマンスも上がる。
人生のクオリティをどんどん高めていくことができる。

今回、日本一時帰国中に伊勢という日本人の心の故郷とも言える土地に立ち寄り、
ブッダのメッセージと瞑想法をお伝えできるご縁をいただくことになった。

尊きご縁に心より感謝し、みなさまとの一期一会の出会いを楽しみたい。
(プラユキ・ナラテボー)

8: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/05(土) 18:35:03.60
ふむ。「良き縁」か。

最近、ヴィパッサナーもサマタもみんな「所縁」があることに気が付いて、
それは「諸法無我」とどう関係あるのか悩んでる漏れには興味深い話しだ。

9: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/05(土) 22:45:19.01

10: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/06(日) 18:29:05.30
http://cyberbaba.blog57.fc2.com/blog-entry-158.html
ヴィパッサナー瞑想の一種である手動瞑想を修行に取り入れている、
タイ上座部仏教ルアンポー・ティアン派スカトー寺副住職、
プラユキ・ナラテボー比丘の瞑想合宿に行ってきました。

ルアンポー・ティアン派の修行方法というより、
プラユキ・ナラテボー比丘に興味が惹かれて行ったのですが、
想像以上に素晴らしい方でした。
穏やかでゆったりしていて笑顔が素晴らしい。
お坊さんにありがちな上から目線がなく、講義も親切で解りやすく、
仏教を初めて学ぶ人にも、ある程度知っている人にもとても役に立ち、
受け売りの知識なし、否定的な言葉も全くありませんでした。
面白いワークなどもあり、話しも上手で聴衆の集中力を切らしませんでした。

ダライ・ラマの解説でさえよく解らなかった十二因縁の話が眼から鱗で、
これを解るように解説した人は初めてでした。

11: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/06(日) 18:29:56.92

個人面談などもして結構話し込みました。
その中で特に良かったのは、一切皆苦は本当か?という話です。
筆者は一切皆苦は間違いだと思っていますが、プラユキ・ナラテボー比丘も同意見でした。
なぜなら四聖諦の滅諦で、ブッダは苦は滅することができるとはっきり言っているから。
滅することができるのだから一切皆苦ではないというご意見でした。
いままで一切皆苦についてはいろいろ議論したことがありますが、
こんなあっさり単純明快に言い切った人は初めてでした。
性格も見解も穏やかで明るく、仏教界を背負って立つ方だと思いました。

ミクシィコミュニティ「プラユキ・ナラテボー比丘」も作成しましたので、
ミクシィ会員の方は是非ご参加ください。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5086426

プラユキ・ナラテボー比丘プロフィール
本名、坂本秀幸。1962年、埼玉県生まれ、上智大学哲学科卒。
大学在学中よりボランティアやNGO活動を行い、タイ語を学ぶ。
大学卒業後、タイのチュラロンコン大学大学院に留学。
1988年、ルアンポー・カムキアン師の下にて出家。

ルアンポー・ティアン式ヴィパッサナーの特徴についても併せてお読みください。

15: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/21(月) 16:26:34.29
プラユキ新刊(3/23)。

苦しまなくて、いいんだよ。
プラユキ・ナラテボー
PHP研究所
2011-03-23



「苦しまなくて、いいんだよ。
~心やすらかに生きるためのブッダの智恵」
プラユキ・ナラテボー著 PHP研究所

ーーーーーーーーーーーーーーー
 タイで出家した日本人僧の著者に会うために、バンコクから350km離れた森の奥深くのお寺まで、
はるばる海を越えてやってくる日本人たちがいます。
 職場の“空気”に耐えられないOL、上司に追い詰められてうつになった会社員、
絶望の果てに自殺未遂を繰り返す20代女性、心を深く見つめるほど苦しくなる瞑想者……
 人がこの世を生きていくとき、さまざまな苦しみに出遭うことは避けられません。
その「苦」に真正面から取り組み、それを克服し、「苦からの解放」を実現したのがブッダです。
その知恵と手法は、今もタイの仏教に受け継がれています。
 この本は、訪問者一人ひとりの気持ちに寄り添いながら対話を重ねることで、
彼・彼女らが自らの気づきで苦しみから解放されてゆくプロセスを綴ったものです。
 自分を拠り所として培った幸せに出会うと、モノやお金や地位など外部の要因に左右されない人生を
歩むことができます。ブッダの叡智と慈悲心を実感できる一冊です。
(PHP研究所サイトの解説より)

18: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/22(火) 13:32:35.76
>>15
>バンコクから350km離れた森の奥深くのお寺まで、
>はるばる海を越えてやってくる日本人たちがいます。

坊さんに会うためにはるばるタイまで行けるとはいいご身分だ。と思うのは貧乏人のひがみか。
日本にだって真の(大乗の)出家僧はいそうなもんだがなあ。どこの誰だか知ってる人いる?

19: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/22(火) 15:44:15.84
プラユキのすごいところは、先生ぶってなくて、
相手に合わせながら、深い気づきに導ける力だと思う。

日本にそういう真の大乗出家僧がいたら、
オレもぜひ会ってみたい。

20: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/22(火) 16:06:19.57
日本人のほとんどは、
冬は寒く、輪廻思想も根付いてない(よって出家に対する功徳も根付いてない)日本に住んでるんだから、
その日本で真の出家僧やってもらわんとなあ。

タイとかスリランカで真の出家僧やるのって(その気があれば)返って楽じゃないのかね。
今の日本には道元禅師みたいな人いないのかな。

24: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/23(水) 23:00:34.46
プラユキ・ナラテボー師の新著、本日発刊!

「苦しまなくて、いいんだよ。
~心やすらかに生きるためのブッダの智恵」

 タイで出家した日本人僧の著者に会うために、バンコクから350km離れた森の奥深くのお寺まで、
はるばる海を越えてやってくる日本人たちがいます。
 職場の“空気”に耐えられないOL、上司に追い詰められてうつになった会社員、
絶望の果てに自殺未遂を繰り返す20代女性、心を深く見つめるほど苦しくなる瞑想者……
 人がこの世を生きていくとき、さまざまな苦しみに出遭うことは避けられません。
その「苦」に真正面から取り組み、それを克服し、「苦からの解放」を実現したのがブッダです。
その知恵と手法は、今もタイの仏教に受け継がれています。
 この本は、訪問者一人ひとりの気持ちに寄り添いながら対話を重ねることで、
彼・彼女らが自らの気づきで苦しみから解放されてゆくプロセスを綴ったものです。
 自分を拠り所として培った幸せに出会うと、モノやお金や地位など外部の要因に左右されない人生を
歩むことができます。ブッダの叡智と慈悲心を実感できる一冊です。
(PHP研究所サイトの解説より)

25: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/24(木) 09:52:52.58
インド仏教の指導者、佐々井秀嶺氏への苦言載せてる密教サイトがあった。氏が来日したときのインタビューに対してだが、
幾多の苦難を乗り越え、現代インドに仏教を根付かせた氏の功績には称賛、脱帽しつつも、
日本から出ていったのに日本仏教について四の五の言うんじゃねえ、ゴルァァァ!(←かなり誇張)って感じだった。

インドの仏教徒は下層民が多いらしいが、出家に功徳すれば来世はもっと良く生まれるという思想が根本にある。
功徳されるには真の出家である必要があるが、逆に真の出家ならば在家からは功徳される社会。
真の出家僧やりたい人には快適といえる環境ではある。

28: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/25(金) 21:36:27.02
プラユキの法話、youtubeで日本語で流してほしい

29: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/03/28(月) 18:17:38.10
>>28

プラユキの法話、画像はないけど、音声はここで聞けるよ。
http://sktpyn.blog136.fc2.com/blog-category-2.html

33: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/15(日) 23:12:29.06
「苦しまなくて、いいんだよ。
~心やすらかに生きるためのブッダの智恵」

買って読んだけど、悩める女性の事例ばかりじゃん。
危ないなープラユキさん。一気に醒めたよ。

育て直しと称した強姦で捕まった人と同じ臭いを感じる。
女性一人で彼のとこへ行くのはやめたほうがいいよ。

35: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/17(火) 11:06:49.08
>>33
その本読んでないのだが、女の訪問者の方が圧倒的に多いんじゃね?
日本にだって立派な坊さんはいるだろうに(10万人以上いるから立派な人だっているはず)。
わざわざ外国までセンチメンタルジャーニーに酔うなんて女だろw

39: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/18(水) 17:46:05.76
上座部仏教ブームとは真宗、層化と同じように、マスコミぐるみで
日本の伝統的な信仰形態の破壊を目的にしているのではないでしょうか

つまり、国家や家の解体にも繋がっていくように思われるのです

41: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/18(水) 18:16:17.02
>>39
自分は上座部は一宗派として、もっと日本に定着してもらいたい。
各県に一寺院ぐらいは欲しい。
閉塞感のある日本仏教にも刺激になるはず。

42: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/18(水) 19:46:48.76
>>39、41
オレも41のコメントに同感。
形骸化した伝統に安住されるよりは、
外からの刺激も受けて、日本仏教も
活性化してほしいと思う。
日本仏教だって、ポテンシャルあると思うから。
プラユキさんは日本仏教にも理解あるから、
大事な役目を果たしてくれると期待してる。

44: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/18(水) 21:41:37.96
でも心理学、哲学としてなら上座部仏教はありだと思うのですが
信仰としてはありえないのではないかと思うのです。

スマ長老も仏教は心理学また学哲です、信仰ではありません
信仰など必要ありませんと言われています。

しかし、人類から信仰を奪ってしまえば中国のような共産主義の道を
辿ることになってしまうのでは?これはチベットウイグル自治区を見ても
大変な事態に陥っています。

私が思うに、このようなマスコミ、教育、出版関係の動向は
日本を第二のチベットのような状態にしてしまうような
助力になってしまう危険な考え方とも受け取れるのですが

46: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/19(木) 10:39:35.05
>>44
仏教はお釈迦様を仏陀という、神よりも尊い存在として認めることから始まる。
これは初期、上座部、大乗、密教全てに共通する。立派な信仰だよ。
>>45
そりゃあ、上座部の教えはより初期仏教にちかい。つまりリアル仏陀の教えにより近い。
大乗経典にでてくるのはフィクション仏陀。
人間はリアルな存在なので、リアルに救われるには、リアル仏陀の教えがより有効じゃん。

49: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/20(金) 16:03:27.10
>>44
> スマ長老も仏教は心理学また学哲です、信仰ではありません
> 信仰など必要ありませんと言われています。

スマ師本当にそう言うこと言ったの?
上座部は南方の人々の「僧宝に対する信仰」で成り立ってるというのに、
そう言う天に唾吐くようなこと言う人だったの?

57: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/21(土) 23:31:16.55
スマナサーラって単なるカルトじゃん。
いつも言うことが変わるカルトグルの典型じゃん。

58: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/23(月) 21:57:40.15
>>57 同感 日本に常駐してることからしておかしい。

相手を否定したり、ダメだといったりしないのがプラユキのいいところ。
まずは認めてあげる。 

60: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/24(火) 06:59:17.24
>>58
日本に常駐してなきゃ、
海外悩み相談旅行できるような、ヒマとカネ両方に余裕のある
一部階層にしか行けないだろw

61: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/05/24(火) 08:57:02.68
>>60
でもよう、悩み相談に来た人に「あなたそれが悩みですか!」と言って
アフリカとかで飢え死にしそうな人と較べられるんだって。
じゃあアフリカとか逝けよとおもうんだ。

本人の本で読んだから間違いない。どの本だったかは忘れたが。

64: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/06/12(日) 20:19:57.66
>>61
どうせ「私は、悩み相談に来る人にいきなり怒鳴りつけるんです」とか
そういう内容の文章だろ
そんなのあの人の芸みたいなもんだろ

いじめられてる子供とかそういう人にはもっと違うアプローチをするし、
現に子供のいじめ相談にきた親には、怒鳴るとか説教するとかじゃなく
優しい答え方をしてたよ

67: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/06/16(木) 07:12:07.33
「悩みの相談などやりたくありません。私には別の仕事があります。
まあ悩みの相談のためにきたら、私はたいてい怒りますね。
そんなことなど悩みではない、帰れ、と言います。…」
(A・スマナサーラ著「意のままに生きられる~人に好かれる自分の“生きかた大法則”)

69: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/07/04(月) 23:34:41.84
スマ長老を論破して反省させられるのは、プラ・ユキしかいないと思う

72: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/09/09(金) 17:33:04.92
個々の悩み相談なんかしたって
その人自体が変わらなきゃモグラ叩きだろ。
日本には寺が7万以上ある。個別の悩み相談をしてる寺も多い。

リアル・お釈迦様の教えは、かなりドライだ。
ウェットを求めるなら大乗寺院に行けばいい。
日本には貴重な上座部の長老に余計な手間をかけさすんじゃない。

76: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/09/10(土) 18:44:56.34
>>72
「悩み相談」の形態を取りながら、
その人自体が真に変わっていけるような対応もあるだろう。
ブッダの対機説法とは、そういう質のものであったと思う。
また、ある特定個人の苦しみは、単に当人の問題ではない。
その人の苦しみは周囲の人の苦でもあり、そこからの解放と
目覚めは、周囲へもおのずから影響を及ぼしていくだろう。
ドライとウエットを統合する可能性も人は持っていると思う。

73: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/09/09(金) 17:40:15.63
ブラユキ師はやはり良い意味でも悪い意味でも日本人だ。
日本でしっかり大人になったんだから当然だが。
まあ、タイとスリランカだって民族が違う以上、違うはずだし。

リアル・お釈迦様により近いのはスマ長老だろやっぱw

74: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/09/10(土) 13:27:42.03
スマ長老?アホカ?

スマ長老を論破して反省させられるのは、プラ・ユキしかいないと思う

75: 名無しさん@京都板じゃないよ 2011/09/10(土) 14:04:50.50
反省ってなにを反省させるんだ?

145: 名無しさん@京都板じゃないよ 2013/09/29(日) 14:11:06.96
ちゃんと本も出してお金儲けしてんだなあ
なんか出家僧というとあらゆる欲望から解放された存在だと思ってたが
イメージが崩れる

マザーテレサの言葉
本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。
愛はまず手近なところから始まります

146: 名無しさん@京都板じゃないよ 2013/10/01(火) 22:19:45.04
本を出していただくことが信者の望みだったとしたら、それは欲ではない

153: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/02/15(土) 21:36:35.06
プラユキさんの新著出たね(脳外科医との対談書)。

脳と瞑想
プラユキ・ナラテボー
サンガ
2014-01-27



「脳と瞑想~最先端脳外科医とタイの瞑想指導者が解き明かす苦しみをなくす脳と心の科学」

早速読んでみたけど、対談書だから読みやすいし、
それでいて随所にインスピレーションを喚起させてくれる内容も濃い良い本だよ。

157: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/02/23(日) 22:56:06.04
プラユキさんなんかはまともだけど
あれなに?スマナサーラとかいうゲスいの。
今もスマナサーラと巡るインドシナツアーつー、金儲けの旅行ツアーで
大金稼ぎにタイ旅行してるはずだけど。

158: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/02/24(月) 04:23:08.23
上座部が自浄されてる??
女かこったり、私服肥やしたり、権威をワイロで買ったり、そんなの横行。
隣の花はなんとやらで、幻想抱きすぎな人がいるようだが、それは危険だぜ?
日本の仏教はダメだ!と自称ヒマラヤで修行した!という麻原にコロっといった単純バカがようけいたじゃん?

南伝諸国の仏教って、結局、僧侶がバラモン化していった時代のインド仏教の生き残りだから
僧侶を現人神としてご利益ご利益で拝む対象にしてんだよね。
北伝が仏像を拝んで民衆がご利益ご利益言ってるのと同じようにね。
有名僧侶のブロマイドがご利益あるつって高額で売れたり、仏像の代わりになってるだけで
やっぱり民衆は現世利益で拝む対象探してるだけ。

仏像は自分じゃ動けないが、人間の僧侶は、そりゃあゼニ稼ぎに自分から立ち回る奴も多いわな。
そういう意味じゃ生きた人間崇拝はよりタチ悪いよ。

159: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/02/24(月) 05:13:22.12
タイでも一昔前は「タンブン仏教」と称されて、
まさに158さんがいうように拝む対象としたり、
僧侶に布施をしてその功徳で自分も幸せに、
という傾向が強かったけど、
今はそうでもなくなって、僧侶崇拝しているだけでは
自身の苦からの本当の解放は得られない、
ということが広く認識され始めてきて、
お寺に行って、自ら瞑想などして心を整えようという人たちも
どんどん増え始めているよ。

僧侶だって、在家だって、上座部だって、大乗だって、
いろんな人がいるからね、まあ158さん言うように、
人間崇拝するよりも法を尊び、自らで法を実践するのが一番だろうね

160: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/02/25(火) 09:05:09.68
いやまあそういう「これではいかん!」と提唱する僧侶もいるだろうけど
現実には、有名僧侶や寺院は、僧侶のご利益グッズガンガン作って売りまくってるじゃん
大寺の参道にはそんなのばっかでしょ。

もちろんマジメな僧侶もいるが、それを言ったら日本にだって居る。
要は、あまり他所のはいい!みたいに幻想膨らませすぎるのは危険でっせ?という忠告っす。

161: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/02/26(水) 00:01:18.66
せやな。
いろいろ幻想や妄想を膨らませている暇あったら、
そのエネルギーと時間を自らを整えることに用いよ、
っていうのが、ブッダのメッセージだろうね。

162: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/02/26(水) 00:34:49.29
日本の禿が何を喚こうが、
いやあ東南アジアの仏教国は女性に触れる事も妻帯も禁止。
バレたら強制還俗。
227の戒律を保つという在家では難しいことを行うから尊敬の対象になる。

163: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/02/28(金) 06:15:03.06
そういうことじゃなくって、南伝の僧侶が権力者、すなわちバラモン化していった果ての
スリランカ仏教の輸入で伝えられた仏教だからだと思う
僧侶拝めばご利益、僧侶に奉仕すればご利益、来世の安寧を保障、という思想は
バラモン教であったものそのものとも言えるし。

僧侶の異様な個人崇拝はそういう思想がバックボーンにあるので
ハゲ呼ばわりできる空気は、それはそれでいいところもあるのかなと

169: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/05/15(木) 12:24:13.03
ミャンマー行きたくなった。
僧侶を拝みすぎる問題はあるけど、破壊イ屑よりまし

170: 名無しさん@京都板じゃないよ 2014/05/15(木) 21:22:14.04
ビルマは3回行ったことある。
タイ人も素敵だと思ったけど、ビルマ人はそれを越える人の心の良さがあった。
ラオスもカンボジアも良かったし。
東南アジアは殆どの国を好きになったよ。

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